小説『アラバマ物語』(1960)は、1962年にハリウッド映画化もされた、アメリカ文学の名作。映画化の前年にはピュリツァー賞も受賞しています。1930年代、まだ人種差別が根強く残る南部を描くこの作品を、翻訳家の有好宏文さんにご紹介いただきます。
セリフのなまりに耳を澄ませて『アラバマ物語』を読む
? To Kill a Mockingbird, Harper Lee (1960)
ハーパー・リーの『To Kill a Mockingbird』では、人々の言葉遣いの違いが大きな意味を持っている。『アラバマ物語』という邦題で知られるこの物語を改めて英語で読んで最初にびっくりしたのは、小学1年生のクラスの少年が新人の女性教師に放つ悪態だ。
Ain’t no snot-nosed slut of a schoolteacher ever born c’n make me do nothin’! You ain’t makin’ me go nowhere, missus. You just remember that, you ain’t makin’ me go nowhere!
(はなったれのヤリマン先生ごときが、おれにゃなんにもできねえよ! あんたにゃおれをどこにもやれねえよ、せんせ。おぼえときな、あんたにゃおれをどこにもやれねえよ!)
すごい剣幕(けんまく)! ain’tという縮約形とか、noとnothingのように重なった否定語とか、いかにも標準英語ではない。nothingやmakingの最後を、舌の奥を持ち上げる代わりに舌先を上の前歯の少し後ろに当ててnothin’やmakin’と発音し、canも母音を落としてc’nで済ませると、スピード感が出る。ぜひ音読してみてください。幾つかあるオーディオブックもちゃんと南部なまりで吹き込まれていて、例えばテキサス出身の俳優シシー・スペイセクのものは柔らかく滑らかな南部アクセントだし、現在は購入が難しいようだがバージニア出身の歌手サリー・ダーリングのものは感情がこもった強めの南部アクセントで、いずれも参考になる。
ずっと前に見た映画の記憶では、黒人青年に着せられた白人女性をレイプしたという無実の罪を、グレゴリー・ペック演じる弁護士が晴らそうと立ち上がる正義のストーリーという印象だった。しかし、原作をよく読んでみると、話は白と黒に単純には割り切れないことに気が付いた。
冒頭の少年は黒人青年にぬれぎぬを着せる白人一家の息子で、彼らは「町のごみ捨て場の後ろの、以前ニグロがいた小屋」に住み、「せっけんとお湯でこすれば白いはず」の肌は汚れで見えない。一家の乱れた言葉遣いは、彼らが「白人」から転落しかかっていることを端的に表しているのである。一方、黒人の中には教養ある白人風の言葉を使う人もいて、弁護士の家の家政婦など見事な英語を話す。立ち居振る舞いも上品で誠実だ。こうして白と黒が交差し、とうとう黒人青年が白人一家を哀れむ言葉を口にした瞬間、南部の田舎町の「秩序」を取り戻そうと悲劇が起こる。
最近アラバマに引っ越してきた僕は、町の人たちの英語に苦労している。この前なんか、name?という質問が「ゃーぃーむ」としか聞こえず、3度も聞き返してあきれられた。でも、言葉の音色は人々の暮らしに根差したものだし、アメリカ南部の物語を読むには欠かせない。だから、ここに何年か暮らす間、曖昧な相づちばかり打たず、彼らの声に耳を澄ませようと思っている。
※ 本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年10月号に掲載した記事を再編集したものです。
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